人を批判して良いのは自分が批判されてもよい覚悟を持つときだけ

綺麗ごとなど

あるブログにて、あるブロガーの生き方を批判していました。

そのブロガーもちょくちょくサラリーマンなどを馬鹿にする記事を書いています。

人を馬鹿にする記事って多くの人が訪問しやすいのです。

人間って感情を煽られると「何こいついっているんだ」

反発する心が働いて、怒りを込めて記事を読みます。

その後「たしかにそこはいえるなあ」共感しやすいのです。

 

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批判の良さ

人を批判するとき、自分のことは棚に上げます。

だからこそ隙も生まれやすくなるのです。

批判することで「自分が王様、えらい」気分になります。

私だってなります。しかし王様といっても実は「裸の王様」

防御がない状態で相手を攻撃するようなもの。

だからこそ「あんたの言うここ、おかしくない」

言われると、頭が真っ白になることはよくあります。

真っ白になって暴力に向かう人、大声でわめきたてる人。

批判する人ほどされることは弱いのです。

 

批判の意味

批判の意味ってもう一つあります。

批判とは人をけなすことが一つの意味として捉えられます。

しかしもう一つは「人をほめる、感動したところを共有する」

という意味も持っているのです。

例えば小説を読んで「ここが良かった」

述べるだけで、すでに批判になります。

人をけなすと自分もけなされる確率が高くなります。

反対に人をほめると褒められる確率も高くなります。

(ただし妬んでけなす人もいます、逆恨みでけなす人もいます)

どちらの生き方がいいか、考えてみるといいでしょう。

私はあまり批判します。ただし人を罵倒する意味の批判でなく、感動したものを共有する。

そっちの意味の批判はどんどんしていきたいと考えています。

 

批判すれば気づくこと

批判すればするほど、モノの良さに気づくことがあります。

人を馬鹿にする方向ばかり述べると、その方面でしか物事を観れなくなります。

それは自分自身にも降りかかるのです。

だからなるべく人を馬鹿にする方向で人を見ないほうがいいです。


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